光を最後に拝んだのはいつだったのでしょうか。
私は、暗い部屋でずっと座っているのです。
アナタの帰りを待って、座っているのです。
固い固い寝台で、冷たささえ感じない木のからだで待っているのです。
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「ぽかっと口空けて、何やってんだ?」
「ええ〜〜〜?昔のこと思い出してた?」
「俺に聞くなよ」
将棋の途中で急に黙りこくったかと思うとあっぽん口をあけて30分もずっとそのままになっているをみてカンクロウは笑い混じりに小突いた。
「あにすんのよぅ」
「小突いたの」
「いくら木の身体だからって、振動くらいは感じるのよね。
あとさ、ひびが入ったらどうしてくれるのよ?!」
「直してやるよ」
「ん〜〜〜〜〜、少し無理なんじゃない?」
「や、顔ごと新しいのに・・・ゴメン、悪かった。
悪かったからその槍どけて」
が槍を引っ込めたのをみて、カンクロウはほっと胸を撫で下ろした。
いくら傀儡の身体とはいえ、女性であることには変わりないので出来る限り手は出したくないのだ。
そして、はっとするのだ。
「げぇ!」
「どうしたの?」
大きな音を立てて椅子を倒し、カンクロウは上着をひったくるようにして取り、階段に向かって駆けていく。
はせっかくカンクロウをぎゃふんと言わせる次の手を思いついたのにゲームを途中でやめさせられることになりむくれている。
「に、任務!
今日隊長会議で次期局長決定会議があるんだよ!」
「いってらっしゃぁ〜い」
すっかりカンクロウの姿が見えなくなったころに見送りの言葉をかけた。
しぶしぶ将棋を片付けて前いたところよりは豪華なベッドに身体をダイヴさせた。
ぼふん、とバウンドして脚を投げ出す。
カンクロウが少し華が出るようにと天蓋をつけてくれたそれを見て、は柔らかく微笑んだ。
「ふふ、かわいい坊やね」
「何をひとりでニヤけているんだ、気持ち悪い」
「ら」
ぬぅっと目の前に漆黒の隈に彩られた蒼い目が現れた。
「乙女の部屋に入るときはノックぐらいしなさいな」
「乙女だ?笑わせるな、じゃじゃ馬め。
それに、何故俺の部屋に入るのにノックをせにゃならんのだ馬鹿馬鹿しい」
両手を腰に当ててやれやれというふうに我愛羅は顔を左右に振り、身体を起こしてテーブルに椅子を寄せて腰掛けた。
「・・・チェス、するか?」
「あんた仕事はどうしたの?」
することもないし、我愛羅の誘いを断る理由も無いのではベッドから起き上がって我愛羅が寄せてきた椅子に大股を広げて腰掛けた。
「仕事は今、自主休憩中だ。少しくらい休んだって誰も文句は言わないさ。
それより、股閉じろ」
「あら、私にそそるんじゃなかったの?」
「や、目のやり場に困るだけだ。
そもそも、傀儡のお前の性器が忠実に再現されているなんて思いもしなかった」
「そりゃあ、サソリさまだもの。
人形の細かい所まで完璧に創るわ」
先日我愛羅に痛い目に合わされただけには股を開いたり閉じたりして我愛羅の反応を楽しんでいたが、やがて飽きたのか股を閉じた。
「ま、いいわ。
で、アンタは?」
「黒」
「じゃあ、私が先行ね」
黒と白の番に、コマが次々と並べられていき、のすらりと長い指がポーンを動かす。
我愛羅も、黒のポーンを一つ、動かす。
ポーン、ビショップ、ルークと、それぞれのコマが動いていく。
「あ、私の兵隊さんが・・・」
「お前こそ俺の塔一つ取ったじゃないか」
「アンタみたいに5つも取ってないわ」
一つ、一つと盤上のコマが減っていく。
残り少ないポーンをつまんでが手をうろうろと動かして口を開いた。
「さっき、俺の部屋って言ったわね」
置く場所を決めたのか、黒い四角にコマを置く。
「ああ、それがどうした?」
ポーンでのナイトを奪う。
「ああっ、私お馬さんのコマが一番好きなのにぃっ!」
は頬を膨らませながらついにクイーンに手をかけた。
「えいっ、神父さん戴き!
・・・あんた、若様の息子でしょ?
なんでこんな所に部屋があるのよ」
「ビショップを取るか・・・」
それでも手ごまが多い我愛羅はナイトでビショップを奪う。
「ならばこちらもビショップを奪わせてもらおうか。
そら、もう聖職者がいなくなった。
・・・その若様がどんな父親だったかお前に分かるか?」
「ぬぅぅ・・・つわものが消えていく・・・」
最後のポーンを手に取りは頬杖をつく。
「判るわけないじゃない。
そもそも、私は加流羅の嬢ちゃんが若様とお付き合いを始めた所までしか知らないわ」
置く場所を決めかねているらしく、まだポーンをブラブラとさせている。
「ふん。
じゃあ、どうしてここが俺の部屋なのか教えてやろうか?
確かに、母屋にもう一つ俺の部屋があるが、そこは満月が来るまでしかいれなかった」
「へぇ・・・。
あ、ここにしよ」
の指がポーンを落とす。
「・・・なかなか。
で、だ。
満月の1週間前から満月が終わるまで、俺はこの部屋に閉じ込められた。
手かせ口かせをされて、だ」
キングを移動させて、に次を促す。
そんな我愛羅を上目遣いで一瞬だけ見たは、自分もキングを移動させる。
「ふぅん。
それってあれ?
守鶴が暴れないようにでしょ?だったら、若様は正しいと思うわ」
「ふん」
ナイトをポンポン音を立てて我愛羅はのルークを取る。
「アレを見ろ」
ベッドの天蓋を少し下に下げた所。
そこに赤黒い大きなしみがあった。
「血でしょ?」
横目で見ては唸る。
チェスのコマが、無い。
仕方が無いのでクイーンを動かす。
「ああ。カンクロウのな」
不意に、が険しい目をして顔を上げた。
我愛羅は鼻を鳴らし、盤上のポーンを軽快に動かす。
「遊びにな、来てくれたんだよ。
父様に言われて」
お前の番だと言うように首を振る。
はキングに指をかけたまま我愛羅から目を離さない。
「カンクロウは知らなかったんだ。
俺が満月に完全憑依体になるなんて。
それに、あのころの俺達は父様の許しがないと遊ばせてさえもらえなかった。
嬉しかったんだろうな、友達を数人連れてサッカーに誘ってくれた。
もちろん、俺も嬉しかったよ」
目を細めて一つのビショップを動かす。
「でもなぁ、アイツが出てくると俺、自分が何してるのか分からなくなるんだよ」
「で、やっちゃったの?」
クイーンで我愛羅のキングに近づく。
すかさず我愛羅のクイーンがの女王を餌食にする。
「罠に引っかかりおって。
ああ。
アイツはあの時の記憶が無い。隠蔽されたよ、その場にいた全員。
医療技術で傷跡も無い」
「あ・・・」
最早キングしか残っていないのでそれを動かすしかない。
「だが、それでも何かにつけて思い出したようにカンクロウは毎月地下室に行きたいと父様に請うた。
あとから叔父に聞いた話だがな。
・・・チェックメイト」
「あうぅ・・・黒の女王で・・・」
チェス盤を仕舞い、階段に向かう我愛羅の背中に、は声を掛けた。
「何が言いたかったの?」
こちらも格子状になっている部屋の戸に背をもたれさせ、腕を組む、風影。
「お前、邪魔だ」
そして、我愛羅は今度こそと地下室に背を向けて去っていった。
「お仕事頑張って下さい」
とうにいなくなっていると思ったら、「ああ」という返事が返ってきた。
「・・・地獄耳」
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いなく、なりたいのは私だって同じです。
だって、愛しいあの人は待っていたって来ないのですから。